【精神病】私の闘病体験記【不安障害】

2024年6月をもって、2年半続いた私の通院生活は終わりました。
「通院が終わった」だけであって「完治」したわけではない、俗にいう「寛解」という状態です。
これを機会に、私が体験したこの病気について記録を残しておきたいと思います。
精神病で苦しんでいる方にとって、何かしらの参考になれば幸いです。
目次
私のプロフィール
- 40代前半の男、会社員(中間管理職)、技術職
- 性格:責任感強め、凝り性、真面目、メンタル弱め
うつ病などの後天的な精神疾患のかかりやすさは、その人の性格が大きく関わっているとされています。
ある外的なストレスを受けた場合に、それをどう感じるか(ストレス耐性)は人それぞれだということです。
そういう意味で私は「物事を深刻に考えすぎる」癖や「物事をネガティブに捉える」癖があり、もともと精神病予備軍だったのかもしれません。
これは私の担当している設計業務の職業病なのかもしれません。
設計者というのは、自分の設計が問題ないか常に気にしています。設計ミスがあった場合、製品のリコールや最悪の場合はユーザーに危害を加えてしまう場合があるからです。
なので、私の持論では「設計者は常に臆病者である」必要があって、自分が設計したものが「大丈夫っしょ」なんて軽く考えられる楽観主義者はあまりこの仕事に向いていないと思っています。
そんなこともあって10代、20代前半までは超適当に人生を過ごしてきましたが、いつしかこんな性格になってしまいました。
また、私がこの病気を患った1つの原因は、いわゆる「昇進うつ」的なものがあると思います。
幸か不幸か、順調に課長職に昇進したのですが、任された業務が先の見えないものばかりでなかなか成果が出せなかった。
仕事の量(多忙)というよりも、仕事の質(業務内容)が私には合っていなかったのも原因だと思います。
病名、症状について
私の病名と症状は下のようになります。
- 病名:不安障害
- 症状:不眠、手足の感覚異常、関心消失、吐き気、など
病名:不安障害
私の診断書に記載された正式な病名は「不安障害」というものです。
「不安障害」というのは少し大きな意味の病名で、細かくは「全般性不安障害」「パニック障害」「社会不安障害」「強迫性障害」などを含むもので、強い不安によって日常生活に支障が起こる状態のことを指すようです。
この「不安障害」のなかでも、私の場合は「全般性不安障害」が一番近い気がします。
全般性不安障害とはどんな病気?:https://www.tawara-clinic.com/disease/gad
私は専門家ではないので、この病名が適切かはわかりませんが、私の場合は仕事関連の不安からこのような症状が出たので、俯瞰的にみて不安障害と診断されたのだと思います。
個人的な解釈だと「不安障害」よりも「適応障害」に近い気がしますが、この辺の境目は明確でないのでなんともいえません。
かかりつけの先生にも聞いてみたのですが、私の場合は仕事上の不安が強いので「不安障害」なのだそうです。
ちなみにインターネットでうつ病の簡単なチェックができます。
https://toda-hp.jp/stresscare-questions
当時、私が診断した結果、27点中17点で「重度」のうつ、という診断でした。
症状①:不眠
私の場合は、悪夢を見たある日を境に完全に眠気が消失しました。
完全に交感神経にスイッチが入りっぱなしのような状態です。
夜になっても全く眠くなく、睡眠薬がないと眠れません。睡眠薬を使っても寝れるのは2~4時間ぐらい。
睡眠不足なのに昼間も全く眠くなく、昼寝はできません。
一番症状がひどいときは、薬を使っても丸3日間眠れないこともありました。
症状が落ち着くまでの6か月間はこんな感じで眠気の感覚が完全に消失しました。
精神病を患うとほとんどの方が不眠の症状が出るようですが、適応障害は入眠障害、うつ病は早朝覚醒などある程度の傾向はあるようです。
https://www.kanto-ctr-hsp.com/story_of_illness/story_of_illness-414
症状②:手足の感覚異常
私の場合、手足がすくむような、何とも言葉には表しづらい、変な症状がありました。
そのまま放っておくと、なんとも居心地が悪く、ソワソワしてしまします。
いわゆる交感神経がONになって緊張状態になっているからだと推測されます。
これがとても不愉快な感覚です。
また、ふくらはぎに至っては、筋肉が硬直して強烈な違和感があります。
このような症状が出たときは即効性のある精神安定剤「ロラゼパム」を服用すると落ち着きます。
ただ、効力が切れるとまた飲む。一日中、これの繰り返しです。
ネットで検索すると副作用や依存性があるので正直精神安定剤は飲みたくないのですが、飲まないととてもじゃないけどやってられない。
このようなことが半年以上続きました。
症状③:関心の消失
うつ病などの精神疾患ではよく見られることのようですが、私が驚いた症状の一つがこれです。
物事の関心が全くなくなります。
私の場合、釣りやギターなど趣味が多いのですが、まったく楽しくなくなります。
釣りはつまらないので、そもそも朝起きて行こうとも思わない。
20年近く続けていたギターも全く弾かなくなりました。というか、弾きたくなくなります。
頭のなかは仕事の不安でいっぱいで楽しむどころではない、という感じです。
とてもびっくりしたのが、この時期に次女の卒園式があったのですが、仕事の不安でうわのそら。感動も何も全くない。
途中、長男が生まれましたが、うれしいという感情が沸かない。むしろ、面倒が一つ増えたとすら感じていました。
精神疾患は本当に人として大切なものを奪います。
当時、自分でも症状を自覚していましたが、これは本当に自分でもびっくりしました。
症状④:吐き気
早朝に目か覚めて、しばらくするとえづきます。
あと仕事上の嫌なことを考えると、えずくことも。
私が精神疾患にかかっていた時期はコロナの終盤であったため、仕事はテレワークでしたが、何故か大きな会議で人が発表しているのを聞くとえずくこともしばしばありました。
恐らくストレスへの過敏な反応でえずきがあったのだと思います。
そのほかにも、耳鳴り、手足の震え、発汗など、様々な症状が出ました。
発症から寛解までの軌跡
2021/3:
仕事のストレスで一時的な不眠と耳鳴りの症状になり、人生で初めてメンタルクリニックへ行く。このときは特に病名などは言われず、ゾルピデム(マイスリー)5mgとロラゼパム0.5mgを処方される。まともに服用しなかったが、仕事上のストレスから解放されると数日して眠れるようになったため通院を止める。
2021/10:
仕事で成果が上がらないことに悩んでいたうえに、謎の社外研修に参加させられる。
この研修が本当に嫌で嫌でしょうがない。研修の最後に個別成果発表みたいなものがあるのだが、その準備がいくら頑張っても進まない。参加を続けているうちに段々追いつめられるような感覚になる。
2021/12:
研修が嫌すぎて、研修のことを考えると手足が震え、吐き気がするようになる。メンタルクリニックに再び通うようになる(薬を処方されたが履歴が残っていません。ただ、まともに飲んでいなかったと思います)。明らかに日常生活に支障をきたすようになってきたため妻と相談。上司に研修を止めさせてほしい旨を相談し、研修を途中でリタイヤする。妻が長男を妊娠する。
2022/1:
研修を止めたが思いのほか症状が回復せず。今度は仕事がうまくいっていないことをやたら考えるようになる。毎日の飲酒量が増える。クリニックの通院は続け、薬を処方してもらうもまともに飲まず。
2022/2:
吐き気、耳鳴り、睡眠が不安定な状態(このときはさほど酷くはなかった)が続く。薬の履歴では、この時点で①ゾルピデム:マイスリー5mg、②トラゾドン塩酸塩錠25mg、③エビリファイ1mg、④ロラゼパム0.5mgの4種類が処方されていたが、飲んでもあまり効いている感じがしないため、飲んだり飲まなかったりでまともに服用せず。
2022/3:
月1度の通院を続けるも症状は回復せず。3月の終わりに次女の卒園式に参加するも、仕事の不安で頭がいっぱいで感動も全くなかったことに自分でも驚く。
2022/4:
症状がなかなか変わらないため、4月初旬の通院で薬が変わり、③エビリファイ1mg→レクサプロ5mgに変わる。
ちなみに、レクサプロは、脳内のセロトニンを増やす効果のある、うつ病治療でよく使われる薬。本来は10mg処方だと思うが、副作用がないかを確認するため少量の5mgから始める。
そして、その後の4月初旬のある日の夜、仕事の夢(悪夢)を見て夜中に目が覚める。
この日を境に事態は急変。眠気が完全に消失し、手足の感覚異常が起こるようになる。
全く私がアホなのだが、このときまで酒と薬を一緒に飲んでいた。なので、もしかしたらそれが原因でこんなに事態が悪くなったのかもしれない。
流石に怖くなって飲酒はこの時点で止める。本気で薬を服用するになる。
手足の感覚異常や吐き気がロラゼパムで一時的に抑えられるため、4月中旬に再度メンタルクリニックを訪れ、ロラゼパム0.5mgを1錠→3錠/日に増やす。
テレワークをしても仕事にならない。車を運転していておばあさんを轢きそうになる。
2022/5:
眠気の消失、手足の感覚異常、吐き気、ふくらはぎの張りのひどい状態が続く。5月の中旬に毎年恒例の山菜採り旅行に兄弟夫婦と行くが全く楽しめず。妻の代わりに長女の授業参観に行くも、ロラゼパムが途中で切れてソワソワが止まらない。全身汗だくの状態になり、参観の途中で抜けて帰ってくる。もはやロラゼパムがないと生活できない状態になっていた。皿を一日に2枚割ったこもあった。
2022/6:
妊娠していた妻が切迫早産で入院することになる。私が6歳と3歳の姉妹を面倒みないといけない状態になる。体がボロボロな上に、仕事と育児・家事をこなすことはできないと考え、事前相談なしに突然会社に3カ月の長期休暇を申請する。(休職ではなく有休消化)。会社への申請から1週間以内に強引に休暇に入ったためまともに引継ぎをしなかった。ほぼ逃げるように休みに入ったため「職場に多大な迷惑をかけた」と、休み中に入ってからも自分を責めるようになる。
2022/7:
変な形で休みに入ってしまったという自責の念が強くなり、症状が急激に悪くなる。睡眠薬を飲んでも3日間寝れない状態になる。次女の昼寝のために添い寝(っといっても寝れないが)し目を瞑ると全身がゾワッとなって飛び起きる日々が続く。14時ぐらいが最悪の状態になって、ともかくソワソワが止まらない。一か所のところに落ち着いてとどまることができない。夜中もうなされてまともに寝れない。流石にやばくなり、メンタルクリニックに行く。①エスゾピクロン2mg×1錠、②トラゾドン塩酸塩錠25mg×4錠、③ロラゼパム1mg×2錠、レクサプロ10mg×2錠の計9錠を一日に服用することになる。今まで1カ月に1度の通院だったが、2週間に1回に来るよう言われる。このまま薬漬けにされるのではないかと恐怖心も強くなる。
2022/8:
長男が生まれ、病院にいくも何の感情も生まれないことに驚く。症状は全く回復せず。長女と次女が夏休みに入ったこともあり、両親から援助をもらい、近所のプールや公園に頻繁に出かけるようになる。また、私の父親に近くの川に釣りに連れて行ってもらう。8月の後半ごろ、久しぶりに釣りが「楽しい」という感覚を取り戻すようになる。娘たちといった公園横の川でザリガニ釣りをする。久しぶりに不安が消え、ザリガニ釣りが面白いと自覚できるようになる。(おそらくこの時期だと思うが)散歩をするようになる。何かが急激に変わってきた感じがする。
2022/9:
急激に症状が回復する。妻が病院から長男を連れて帰ってくる。9月後半から仕事にも条件付きで復帰する。降格を覚悟していたが、上司の計らいでそのままのポジションに配置してもらえた。職場の目が気になったが、そこまで大きな反応はなく、普通に受け入れてもらえた感じがした。散歩を継続する。
2022/10:
ソワソワ感を感じることが少なくなり、症状の回復を実感できる。通院は相変わらず2週間に1回だが、薬の量が①エスゾピクロン2mg×1錠、②トラゾドン塩酸塩錠25mg×1錠、③ロラゼパム1mg×2錠、④レクサプロ10mg×1錠の計5錠/日に減る。眠気が回復し、睡眠薬無しでも寝れる日が出てくる。相変わらず散歩だけは続ける。
2022/11:
ソワソワ感が完全になくなり、睡眠が回復する。③ロラゼパム1mg×2錠、④レクサプロ10mg×1錠の計3錠/日に薬が減る。通院が2週間から1カ月に1度でよくなる。
2023/1:
通院は月に一度、④レクサプロ10mg×1錠/日の服用になり、完全に普通の生活を取り戻す。相変わらず散歩だけは続ける。
2024/1:
通院は月に一度、④レクサプロ10mg×1錠/日の服用を1年続ける。散歩だけは毎日行う。
2024/4:
④レクサプロ5mg×1錠/日に減薬。特に体に異常は発生せず。
2024/5:
④レクサプロ5mg×1錠/2日に減薬。特に体に異常は発生せず。
2024/6:
クリニックから通院の必要がないことを告げられる。(寛解)
この病気を通して学んだこと
①精神疾患という病気への理解
最近の研究で、うつ病をはじめとする精神疾患は「脳の病気(炎症)」だということがわかってきています。
「うつ病は心の風邪」という間違った認識はどのように広まったのでしょうか。
「こころ」という臓器は存在しない。感情をコントロールしているのは「脳」です。患った人しかわからない苦しみは「風邪」なんかと訳が違います。
ただ、この病気の厄介なところは風邪ように熱が出るわけでもなく、ガンのようにきちんと判定されるわけではないこと。そして、何故かこの病気に患った人を死に向かわせる傾向があることです。
私は途中で回復したから本当にラッキーでした。あと半年悪い状態が続いていたら本当にどうなっていたかわかりません。
私は、この病気を患って以降、ストレス源である仕事から距離を置くようにしました。
相変わらず中間管理職のポジションにいますが、責任の重い仕事は受けないようにしています。役員候補云々の話も断りました。自分では色々と努力してきたつもりですが、その器量がなかったということです。
もう一度あの苦しい体験をするぐらいなら、今のままでも十分に幸せです。
この病気を患って以降、人生観が変わりました。
②周囲の支えの重要さ
私が病気の辛い時期になんとか耐えられたのは、私の家族でした。
幸い、私は両親が近場に住んでいるため、妻が入院してから私と娘たちの夕食を作ってくれるなど、大きなサポートをもらいました。また、私の母親は昔教員をしていたのですが、その時にうつ状態なってしまい、その時の経験から色々と励ましをもらいました。絶対良くなるはずだから諦めるなと。また、父親も本当に心配してくれて、私と娘を連れて行ってくれたり、色々とサポートをしてくれました。私の体調が回復するきっかけとなった釣りも、私が幼少期に父親に教わった趣味です。
私の娘、特に長女は当時まだ小学校1年生でしたが、妻が入院したときに洗濯物をたたむなど色々と手伝いをしてくれました。また、彼女たちの夏休み中に私の体調が回復したのも一緒に釣りなどを楽しめたことが非常に大きかったと思います。私自身も童心に返ることができました。
そして、妻。
やはり妻の存在がとても大きかったですね。普段から喧嘩の多い夫婦ですが、やはり最後は妻なのかなっと。
本当にありがとう。
③休息+薬+『運動』
私がうまく回復できたのは複数の要因があったからでしょう。
1つに、早めに対処できたこと。
うつ病に代表されるように、本当に重度になると体が鉛のように動かなくなったり、色々と大変になってしまうようですが、私の場合はそこまでいかなかった。一時的には本当に辛い時期がありましたが、2-3カ月で済んだのは早めにクリニックに行っていたからだと思います。
2つに、十分な休息を得ること。
ただ、仕事を休んで最初の2カ月はよくなるどころか寧ろ悪化した。最後の1カ月で回復できたわけです。
職場のことを気にしてなかなか休めないこともあるかもしれませんが、思い切って休みましょう。
私の感覚だと1カ月は休んでも何も変わりません。少なくとも3カ月は必要かなと思いました。
20年も30年も働くわけですから、半年や1年の休みなんて大したことありません。何よりも自分の人生を大切にすべきかと思います。
3つに、処方された薬をきちんと飲むこと。
この精神病を患ったとき、なんだかうまく回復しなかったのは処方された薬をまともに飲まなかったかもしれません。
かかりつけの医師とよく会話をしたうえで処方された薬をきちんと飲むことはやはり大切なのではないかと思います。
最後に、今回の闘病で一番学んだことは「運動の大切さ」です。
うつ状態になかった母親からも言われたのが、体が動くのであれば運動をした方がよい、でした。
(母親はうつ状態で仕事を休んでいたときよく水泳をしていたようです)
最後に、精神病に関連していかに運動が大切かがよくわかる本を2冊紹介します。
もし、あなたが、体を動かし、本を読む気力があれば、是非読んでみてください。
私の経験が皆様の健康回復に何かしらの貢献ができれば幸いです。それでは👋



